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「グリーンマイル」と「ひぐらし」

 今回の、殺人事件に関連して「ひぐらしのなく頃に解」他、いくつかのアニメが放映中止になったことに関して、愚かしいということは、いちいち言うまでもない。だが、今回のようなことを繰り返しているようでは、「表現の自由」は守られない。それが、いかに愚かしいか、少し論じてみたいと思う。

 なお、今回は、事実関係の参照先として、Wikipediaを利用させて頂いた。

映画「グリーンマイル」
名古屋刑務所放水死事件(「刑務官」のページであるが、「6.3 暴行事件の実例」のところに、この事件の記述がある)  映画を見た人なら、私が何を言いたいか、すでにお気づきであろう。「グリーンマイル」では、看守に小便をかけたり、悪戯をする囚人に対して、消防用の放水器で高圧の水をかけ、懲らしめるシーンがある。
 「グリーンマイル」の日本での上映は、Wikiにある通り、2000年3月25日。名古屋刑務所放水死事件は、2001年。この事件を犯した刑務官が、「グリーンマイル」を見ていた可能性は十分にあるし、映画を見てこの懲らしめ方を「俺もやってやろう」と思った可能性は否定できない。正直私は、この事件の報道に触れた際に、「もしやコイツ、『グリーンマイル』を見て、同じことをやってみようと思ったのではあるまいか」と、第一印象でそう思ったし、心を痛めもした。

 ちなみに、「グリーンマイル」は、日本では絶対に考えられないような「問題」を、他にもいくつも抱えた映画である。
 まず、日本では、間違いなく放送禁止用語に指定されているであろう、いわゆる「four letter words(Fuxkとか、Shxt、Dixkなどのように、4文字の言葉が多いためにこう呼ばれる)」の嵐である。さらに、アメリカ社会でコレを言ったら撃ち殺されても文句を言えないような黒人差別用語「nigger」も、何度も登場する。日本でなら、間違いなくこのような言葉が映画で使われることはないだろう。

 これだけではない。映画を見た人ならば全員が同情を禁じ得なかったであろう愛すべき登場人物「John Coffey」は、まだ奴隷時代の黒人を引きずるようなイメージで描かれている。何せ、自分の名前しか文字で書けない。「corridor」と言われて理解できず、自分から発する言葉は平易な英語ばかり、しかも「We are」と言うべきところを「We is(実際のセリフは、その省略形として『We's』)」と言ったり、文法間違いだらけ。まさに、公民権を獲得する以前の、まだ差別されていた黒人を、露骨に描いている。
 日本でたとえるなら、第二次世界大戦期に、朝鮮から強制的に連れてきた人たちに対する差別行動、言動をモロに映画で描くことそのもの。「バカ○ョ○」などと、スクリーン上で叫ぶのとほぼ同じ。もし日本でなら、大問題になるだろう。
 では何故アメリカではOKなのか。OKどころか、アカデミー賞にもノミネートされてさえいる。何故か。

 映画を見た人であれば気付くであろうが、この映画で描いているテーマの1つとして、黒人差別がいかに醜く、愚かしいかということを強調していることが挙げられると思う。差別用語を吐くのは、本当の「ワル」の死刑囚(ワイルド・ビル)や看守(パーシー・ウェットモア)だけであり、キャラクターとしての悪さと相まって、差別用語を吐くことの醜さを強調している。つまり、「差別はこんなにも醜いんですよ」と、観客に訴えているから、許されているのだろうと思う。「four letter words」も然り。この言葉も、上記の2人しか発しない。

 つまり、あなたがしていることは、こんなにも醜く愚かなことなんですよと訴えかける意味で、差別用語を使うことには、少なくともアメリカ人は---黒人も含め---寛容だということが言えると思う。

 でも、日本では、何でもかんでもフタをしてしまおうとする。筒井康隆氏が「断筆」したことがあったが、その経緯にも簡単に触れているので、こちらをご参照頂きたい。

筒井康隆

 とにかく、「臭いものに蓋」である。差別用語その他は、とにもかくにも放送禁止にしてしまい、フタさえしてしまえばいつか消えると思っているのだろうか。
 1万歩譲ってそのことがある程度有効性を持っていると考えよう。「臭いものに蓋」の効能を認めるとしよう。では、何故、ターゲットになるのが「ひぐらし」その他のアニメ【だけ】なのか?

 既に製作された映画は、店でも売られているし、レンタル屋で借りて見ることもできる。「グリーンマイル」に、R指定がかかっているという話も聞いたことがない。何故、そういう作品を「発禁」にしないのか? 性犯罪の温床となっていると考えられるアダルトビデオや性小説を、発禁にしないのか? TVで放送されているアニメと、既に上映された映画、発売されまくっているビデオ、本。その扱いの違いは奈辺にあるのか?

 このような愚かしい「放送自粛」を行っていては、「表現の自由」は守られない。この種の犯罪が、何かの映画などにヒントを得て行われたからと、全ての作品を発禁にしてしまうのではなく、一部の作品だけを「目の敵」にするのは何故か?

 実は、この種の「臭いものに蓋」的な社会運動は、歴史上何度か存在する。私は、映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の中のシーンでしか覚えていないのだが、アメリカでも、マーク・トウェインらの小説が、「青少年に有害である」と、問題になった時代があった。1960年代であったと思う。正確な情報をネットでも見つけることができなくて申し訳ないが。
 アメリカ社会は、そのような「焚書」に近いような、むやみやたらに有害だと決めつけるような行動の愚かさを、歴史に学んでいる。だから、「グリーンマイル」は発禁にならない。当然のことだ。

 日本社会は、まだまだ未成熟で愚かな部分を多く残しているように思う。
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